【特集 ミステリ狩り】
「ボイルド・オクトパス」佐藤究
――かつて筆者は「フォーマー・ディテクティヴ」というノンフィクションを連載していた。引退した元刑事の日常を取り上げた。これからお読みいただくのは、最終回を飾るはずだったエピソードである。唯一のアメリカ、ロサンジェルス取材である。
著者のことを知らなかったので、最初は本当にノンフィクション作家のエッセイだと思いました。そのまま最後までノンフィクションっぽく描いてくれれば、個人的には面白い体験ができたと思うのですが、あからさまに物語チックになってしまいました。
「メロン畑」深緑野分
――女がよろめきながら現れると、メロン畑で遊んでいた子どもたちが気づいた。医者の息子がメロンを割って果汁を口に含ませた。しばらく村に滞在していた女は、出ていくときに宿屋の妻から護身用に拳銃を渡されていたはずだが、その拳銃は身につけていなかった。隣村では一週間前に疫病で村人が大量死していたが、女に病気の徴候はない。
著者得意の此処ではない何処かの外国が舞台となったファンタジー風ミステリ。何かの寓話のようでもあり、ファンタジーめいた部分は幻覚であって解かれない謎の残るミステリのようでもありました。メロンを水分補給にしているという細部に、此処ではないリアリティを感じます。
特集はこの二篇でおしまい。ほかは未読の作家を中心に読みました。
「三つの銅貨」メアリー・エリザベス・カウンセルマン/狩野一郎訳(The Three Marked Pennies,Mary Elizabeth Counselman,1934)★★★★☆
――すべては人間を使った狂人のゲームだった、ということで皆の意見が一致したのはこの一件が落着した後のことだ。住民たちがある朝目覚めると、町中に夥しい数のビラが貼られていた。「本日、誰かのポケットに四角、円、十字の印のついた三つの銅貨のいずれかが入っているでしょう。七日後、この銅貨をお持ちの方は贈り物を受けることになります。現金十万ドル、世界一周旅行、死。どの印が何を表すかはすぐにわかるものではありません」
盲人に世界旅行が当たったりするなど皮肉な結末を迎えますが、神のようなものがほのめかされていないので寓話という感じは受けません。それどころか当選が事故や宝くじなどの偶然ではなく明らかに人為的なうえに、当選者が新聞に発表されて誰にでもわかるようになっている以上、悪意のある何者かが存在していることは間違いありません。けれどそれが何だったのか――は、わからないまま事件は災害のように過ぎ去っていきました。悪意だけを残像のように残して。
「本の絵を描く人になりたい」林由紀子
「頭を殴られ気絶する」吉野仁
ただの画家ではなく挿絵画家になりたかったという林氏。ハードボイルドなどの定石の背後に民俗学や神話などがあることに気づいた吉野氏。
「誘い笑い」大滝瓶太
――脳みそ弱夫・弱子は1976年に結成された漫才コンビで、芸名とは裏腹にずいぶんと知的なものだった。突然『見えない都市』を引用し、「……というとりますけど〜」というツカミのあいだ笑いはひとつも起きていない。ぼくは出版社の集団面接を受けた。きっと落ちるだろう。世の中にはもと会社員に向いている奴がいるしそれを望んでいるやつがいる。
自己満足。人と違うぼく。
「夢を釣る」中山俊一
ああなるほど、と思わせる譬喩がいくつか。「一斉に夜明けは来たるこの街もテーブルクロス引きの花瓶だ」「冬の木の意志など持たぬという意志よ素描のヌードモデルの如し」
掲載作は谷崎由依「野戦病院」、酉島伝法「彼」、北野勇作「飴の中の林檎の話」、ボルヘス/西崎憲訳「あまたの叉路の庭」(新訳「八岐の園」)、短歌は我妻俊樹・石川美南・斎藤見咲子、巻頭エッセイ前田司郎。
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