島田荘司によるホームズ・パロディ二作目です。
本書のベースになっているのは『四つの署名』と「赤毛組合」。冒頭でその〈真相〉に触れられつつ、この事件がワトソンの筆で語り直されるところまでが前半です。語り直される――と言っても、内容はほぼ原作通り。著者得意の再話ではありますし、ホームズ譚自体が面白いので、つまらなくはありませんが、なかなか話が進まず歯がゆいところはありました。
独自の展開が始まるのは、第三章に入ってからです。麻薬中毒のせいで幻覚症状を起こしたホームズが大暴れし、ワトソンに怪我を負わせて本人は精神病院に強制入院。そんな折り、ピーター・ジョーンズ警部が、「赤毛組合」事件の犯人たちが脱獄したという報せを持ってべーカー街を訪れます。犯人たちは脱獄前に、「新しい十五匹のネズミのフライ」という謎めいた言葉を残していました……。
著者の作風や脱獄という派手な舞台から期待されるような大トリックはありませんが、意外なほどに細かくシャーロキアンネタをフォローしているという感想を持ちました。
矛盾のあるホームズ譚は、ホームズの幻覚をもとにしたワトソンのでっちあげだったというエピソードや、ホームズの推理が当てずっぽうだったというエピソードは、パロディの定番ですが、これを単なるからかいで終わらせないのが、やはり島田荘司です。
まずは「赤毛組合」の銀行に『四つの署名』の財宝を絡ませたうえで、「赤毛組合」の矛盾をブラフとして捉えることでひとまわり大きな事件の構図を描き、さらに「赤毛組合」の犯人を脱獄事件に絡ませることで、原典とオリジナルの話が絡み合いながら転がってゆく造りは、ホームズファンにもファン以外にも楽しめます。
ワトソンの懐中時計に関する的外れな推理は、単なるその場かぎりのパロディかと思いきや、その〈真相〉が作中深く根を張っており、最終的に「ワトソンは何度結婚したか?」というシャーロキアン的な謎に落ち着くところは見事でした。
ワトソンの謎といえば、「負傷した箇所はどこか?」には笑いました。
本書のオリジナル部分である「新しい十五匹のネズミのフライ」の真相は期待はずれもいいところです。
とはいえクライマックスでまだ万全ではないホームズが(いつもどおりの?)突飛な行動をして、「瀕死の探偵」のうわごとを思わせる助言をおこなったすえに、そこでふたたび「赤毛組合」を出してくるところなどは、たいへんに笑わせてもらいました。ホームズ&島田荘司の陽気な面が出ていました。
中盤はホームズが入院してしまうため、サブタイトルにもなっているように、おもに行動するのはワトソンで、必然的に「冒険」の色合いが強くなっています。
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