『名を捨てた家族 1837-38年ケベックの叛乱』ジュール・ヴェルヌ/大矢タカヤス(彩流社)★★★★☆

 『Famille-Sans-Nom』Jules Verne,1889年。

 ここ数年つづいているヴェルヌの新訳・初訳・復刊もののなかでは段違いに面白い作品でした。明治時代に森田思軒『無名氏』という抄訳がありますが、恐らく完訳は初めてだと思います。

 副題にあるとおり、カナダのフランス系住民による英系政府への叛乱を描いた作品です。

 まずは革命派の英雄「名なしのジャン」の出没情報と、逮捕のために奥の手を投入することが明らかになります。この奥の手というのが探偵事務所所長リップで、厳しいところは『レ・ミゼラブル』のジャベール警部を思わせますが、あちらと違い法の番人というよりむしろ経営者のスタンスで動いているらしいところがユニークです。

 つづく第二章では十二年前に飛び、フランス系住民の叛乱を金のために裏切ったシモン・モルガスとその妻子が、迫害を避けてともに逃げ出した顛末が描かれます。すぐにわかるとおりこのシモン・モルガスの息子こそ「名なしのジャン」であり、逃げ延びたモルガス家こそが「名を捨てた家族」でした。

 たったの二章で驚くほど波瀾万丈ですが、そのたった二章だけで大筋が説明されてしまうのだから、ここは小説家ヴェルヌの腕が光っていました。裏切者の父親の罪をあがなうために叛乱派の英雄となる次男ジャンと、それを阻止しようとするリップに代表される政府側、しかも叛乱派はジャンが裏切者の息子だとは知らないのです。

 そこにジャンと叛乱派の娘クラリとのロマンスなどの味付けもありますが、基本的にシリアスな内容のなか独り明るさを振りまいていたのが、公証人の書生リオネルでした。初登場からして仕事中にこっそり応募用の詩を書いていたという夢想家で、公証人のニック氏がヒューロン族の末裔だったと知ったときにはなぜかテンションが上がりまくってしまう暢気ものです。ところがこれが単なるギャグシーンではなく、その後の展開にきっちり活かされていたのには驚きました。終盤になってジャンの正体がばれてからも、インディアンの末裔が公証人になっているのだから裏切者の息子だって変わるはず……というぶれないキャラでした。

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 名を捨てた家族 1837-38年ケベックの叛乱 


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