『親指のうずき』アガサ・クリスティー/深町真理子訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)★★★★☆

 『By the Pricking of My Thumbs』Agatha Christie,1968年。

 正確に言えば「積ん読」ではありません。大好きなトミーとタペンス・シリーズは全部で5冊しかないので、わざと大事に取っておいたのです。これで残るはあと1冊……。

 クリスティーの巻頭言がうれしい。読者も作者もトミーとタペンスが大好きなんですね。

 舞台は前作『NかMか』からぐっと時代は進んで、二人とも初老の域に達しています。探偵ごっこも懐かしい思い出、トミーの叔母さんのお見舞いに行った先で、タペンスは一枚の絵を見かけます。どこかで見たことがある――クリスティー文庫ではない旧版のカバーイラストにはその絵(らしきもの)が描かれていて、不安感をあおります。何気ない違和感――。晩年のクリスティーの得意としたところであり、読者としても仰々しい謎よりもむしろ好奇心をそそられるところです。こういう下世話な興味の惹き方のうまさを、わたしは勝手に「クリスティーのおばちゃん趣味」と呼んでいますが(^^;

 かくしてトミーが秘密機関学会(?)に出かけている間、タペンスは絵に描かれた場所を見つけようと単身調査に出かけます。いや~第7章最後の引きがうまいですね。一気に空気の温度が変わりました。

 冒険もののトミーとタペンスらしい、探偵が歩けば手がかりに当たる展開や、タペンスの聞いた言葉の意味の取り違えといったクリスティーらしい反転の構図など、後半の面白さはさすがです。大がかりな犯罪組織の構図が明らかになったあとで、真の真相は身内の犯罪だったという流れも、普通であれば尻すぼみになってもおかしくないのですが、トミーとタペンス流の大きさとクリスティー流の身近さの両方を味わえる結果になっていました。

 タペンスが「でもわたしだって年寄りだ」「もう年をとったわ、わたしは」と独り言つシーンは、長年のファンからすると何だか寂しいものがあります。事件の真相と相まって、物悲しい雰囲気になりかけたところを、このシリーズらしい明るいシメの言葉でトミーが結んでくれました。

 タイトルは『マクベス』より。

 トミーとタペンスは冒険心旺盛な初老の夫婦。今は亡きエイダ叔母のいた養老院を訪れた時、タペンスは叔母の部屋に掛かっていた一幅の風景画に胸騒ぎを覚えた。絵の中の運河のそばの淋しい家に見覚えがあったのだ。そして今、絵の所有者ランカスター夫人が失踪した! タペンスは、変に親指がずきずきして何か悪いことが起こりそうな予感に襲われる……おしどり探偵トミーとタペンスが縦横無尽に活躍する女史後期の佳作(カバーあらすじ)
 

   


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