『運命の裏木戸』アガサ・クリスティー/中村能三訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
『Postern of Fate』Agatha Christie,1973年。
トミーとタペンス最終作です。クリスティー最後の作品でもあります。
面白いんですよ。饒舌なタペンスとのんびりしたトミーは相変わらずだし、年を取って昔の冒険を懐かしむ二人の姿には読んでいるこちらも懐かしくなってしまったし。70歳を過ぎてなお木馬で坂を滑り降りるようなわんぱくをするタペンスには嬉しくなっちゃいますし。
何よりも回想の殺人という趣向がクリスティーは本当に上手くて、引っ越し先に残された古本に隠されたメッセージが見つかる場面には背筋がぞくっとしました。
メアリ・ジョーダンの死は自然死ではない。犯人はわたしたちのなかにいる。わたしには誰だかわかっている。
しかも書き手の少年は十四歳で早世していたことがわかります。
メアリの死にただ一人気づいた少年も口封じに消されたのでは――。
ところが、中盤以降がだれてしまいます。結局この一つの謎だけで延々引っぱるので、いつまで同じ事をやってるんだとちょっとうんざりしてしまいます。
表向き見えていたものが違っていたり、無関係に見えたさまざまなものが有機的に結びついたりするような、絶頂期のクリスティーはここにはありませんでした。
飽くまでトミーとタペンスの物語であって、死者たちの肖像がまったく浮かび上がってこないのも淡泊な読後感を与えます。
メッセージにあった「わたしたち」から意外な犯人が浮かび上がってくるわけでもなく、犯人や動機は取って付けた感が否めません。【※ネタバレ*1】
機密らしきものの隠し場所も、隠し場所としてはありきたりすぎて【※ネタバレ*2】、やっと見つけたという達成感に乏しかったです。
解決編に当たるパートもないので、だから事件が解決したというカタルシスはありませんでしたが、たぶん作者は最後もトミーとタペンスに謎解きではなく冒険をさせたかったのだと思います。頭はタペンスの方が切れるけれど、いざというときには頼りになるトミー――それがこれまでも二人のスタイルでした。だから犯人をあぶり出すため(結果的に?)囮になるタペンスと、タペンスの危機に駆けつけるトミー(というか飼い犬のハンニバル)で幕を閉じる大団円は、たとえ謎解きがすっきりしなくとも味わい深い場面でした。
ときどき出てくる「オペア・ガール」とは何なのかよくわからなかったのですが、「au pair girl」で「イギリスの家庭で,宿泊,食事の代償に家事を手伝う外国人女子留学生」だそうです。
メアリの死は自然死ではない――タペンスは引っ越し先の旧家で見つけた古本の中から、奇妙な文章を見つけた。持ち前の好奇心がむくむく頭をもおたげ、おしどり探偵トミーとタペンスはさっそく調査を開始した。どうやら、本の持ち主は半世紀前に若死にした少年でメアリというのは彼の育児係だったらしい。彼女の死が殺人であったことを少年は知らせようとしていたのか? 犯罪の生じた起点に向かって進行する異色ミステリ!(カバーあらすじ)
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*1二重スパイに疑われていたカルト団体がスパイを殺した
*2おもちゃの木馬の腹の中