乱歩賞受賞作『大いなる幻影』と第二作『猟人日記』の合本より、未読の『猟人日記』を読みました。
キーパンチャーB・G尾花けい子は、バーで知り合った低音が魅力の男と一夜限りの関係を持ったあと、妊娠を知って身を投げます。けい子の姉・常子は、死んだ妹が身籠っていたことを警察に知らされ大きなショックを受けました。
やがて常子と同じく鼻の横にホクロのある女がバーに現れ、低い声の男について聞き込みを始めます。
一方、低音の男・本田一郎はナンパした女との情事を記録につけて『猟人日記』と名づけていました。妻が奇形児を産んでからというもの、妻相手にはどうしても役に立たない身体になっていたのでした。本田は新聞を読んで、かつて関係を持った尾花けい子が自殺したことを知りますが、気にせず外国人のふりをして女を漁り続けます。ところが今度は別の女が絞殺され……。
身に覚えのない被害者が次々と殺されてゆくところや、章題が「第一の獲物」「第二の獲物」となっているところなどは、ウールリッチ『黒衣の花嫁』へのオマージュでしょう。この時点で気になる点は二つ。けい子は被害者ではなく、むしろ自分から誘っているくらいなのですから、復讐はお門違いであること。本田ではなく本田が関係した女が殺されるのも、復讐にしては不可解です。
こうして本田は罠に嵌められていると気づきながらも理由も黒幕もわからないまま絡めとられてゆきます。これはもちろん『歯と爪』で、海外名作へのオマージュと換骨奪胎は見事です。
ここまでで半分。後半からは弁護士による独自の捜査が始まります。
ミステリとしては残念なことに、真犯人の見当は付いてしまいます。でもそのおかげで、本田を罠に嵌めるために無関係の人間を殺したのか――という『ABC』的な嫌悪感は薄らいでいます。人殺しには違いないとはいえ、復讐ではあったわけで。
戸川昌子らしい、性と愛に満ちた佳作でした。
作品解題によるとスコット・トゥロー『推定無罪』が本書と同じネタを扱っているそうです。『推定無罪』は判事が勝手に裁判を終わらせた話だったようなところしか覚えていませんが、どんなトリックでしたっけ?
似ているといえば、猟人日記というアイテムからは、フィリピン買春の校長先生を連想しました。こんな変態が現実にいるもの(どころか一枚も二枚も上手)なんですね。
巻末エッセイは戸川安宣氏。同じ苗字というネタから入って、後半は本当にただ戸川姓の歴史を綴っているだけというトンデモない内容でした。解説じゃなくてエッセイだからいいのかな……。
「人と作品」は関口苑生氏。大半が戸川昌子本人のエッセイからの引用だけという、こちらも無茶苦茶な内容。「人と作品」だから著者について綴ること自体はいいのですが、解説の書きづらい作家なのでしょうか。