『体温 多田尋子小説集』多田尋子(書肆汽水域)★★★☆☆

『体温 多田尋子小説集』多田尋子(書肆汽水域)

 約30年前、芥川賞候補に6度なったことのある著者の、候補作「体温」「単身者たち」+「秘密」の全3作を収録した作品集です。著者あとがきに書かれた復刊の経緯によると、どうやら小説書きを引退しているらしい著者に、ひとり出版社である書肆汽水域が働きかけて本書の出版が実現したようです。
 

「体温」(1991)★★★☆☆
 ――夫に死なれて小学生の娘・百合と二人暮らしの率子は、苦しい生活の一助になればと思い、空いている部屋を大学生に貸すことにした。夫の共同経営者だった小山も何かと協力してくれた。部屋を借りた大学生は二人ともいい子たちだったが、清子は自分のことを茶化すようなところがあり、あけみは自分勝手なところがあった。夫との生活につらいところはなかったが、しあわせだとか愛し合っているとかいうのでもなかった。

 主人公の率子は優柔不断で自分というものがありません。流されやすくて行き当たりばったりで、そんなふうに人間何でもかんでも理詰めで行動できないところはリアルでもあります。清子が寝込んでしゃっくりをしただけで妊娠中絶を疑うように、フィクションならぬ現実世界では何の根拠もなく思い込みで動くこともままあるでしょう。家族揃って、歯並びから他人の人格を推測したりすらします。誰もがみんな感覚的に生きています。それにしても、三十年前であってすらこの作品の価値観は古くさすぎたのではないでしょうか。
 

「秘密」(1992)★★★★☆
 ――血のつながりがないと知った兄に恋愛感情を持ってしまうのを恐れて実家を出た素子は、兄と結婚できない以上は誰とも結婚しないだろうと思っていた。雑誌社に就職できたのも、寿退社せず働き続けてくれると思われたからだ。個人的なことで勤めさきの人間と接触することはなかったが、一年先輩の森下と、新しくはいったミチ子とは、引っ越しを手伝ってもらったことがきっかけで親しくなった。ミチ子は森下に気があるようだった。

 主人公が初めやけに他人のせいにばかりしていると思っていたら、それは愚痴を聞いてくれる人が叔母しかいないということの前振りで、そこから家族の話に繋がってゆくのが非常に上手い。子どもが出来ない父母が兄も主人公も養子にしたというドラマチックな設定であるのに、何の取り柄もない恋愛に興味もない女性が人のよさそうな男性から好意を持たれるという構図は「体温」とまったく同じです。
 

「単身者たち」(1988)★★★☆☆
 ――四十二歳の計子は古道具屋の留守番の仕事に採用された。三十代くらいの原口という店主は二階で絵を描いていて、たまにしか来ない客に邪魔されたくないから、わからないことがあるときだけ呼んでくれという話だ。実際、客はほとんど来なかった。ただ、あや子と名乗る女から電話がかかってきたことがあった。

 本書収録の三篇はいずれもアラフォーで恋愛に草食系の女性が主人公です。価値観が古くさいうえに人物造形や主題がワンパターンとあっては、賞レースで不利なのは仕方ないことだと思います。恐らく当時の芥川賞の選評では、「安定しているが頭一つ抜け出せるものが欲しかった」云々といったようなことを書かれていたのではないかと、勝手に想像しました。

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